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札幌高等裁判所 昭和50年(う)110号 判決

被告人 近藤杲 外一名

主文

原判決を破棄する。

被告人近藤杲を罰金四万円に、被告人白井新平を罰金八万円に処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは金二、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置する。

原審における訴訟費用中、証人吉田皎に支給した分は被告人白井新平の負担とし、証人藤田濤吉、同其田三夫に支給した分は、その二分の一ずつを各被告人の負担とする。

理由

本件各控訴の趣意は、弁護人堀口嘉平太及び被告人白井新平が連名で提出した控訴趣意書(被告人近藤杲については一〇、一九項を除く。)並びに右控訴趣意書を補充する趣旨で当審で援用された同弁護人提出の控訴趣意補充書(被告人近藤については一〇、一九項を除く。)及び被告人白井新平提出の控訴趣意補充書(被告人白井について)に記載されたとおりであり、これに対する検察官の答弁は、検察官の提出した答弁書に記載されたとおりであるから、いずれもこれを引用する。

一  控訴趣意中原判示第二の事実に関する法令適用の誤りの論旨(控訴趣意書一〇、一九)について。

所論は、原判決は、ヒカルヨウコー号が家畜伝染病予防法一八条、二一条にいう馬伝染性貧血(以下伝貧と略称)の疑似患畜であることを前提として被告人白井が右各条に違反したものとするが、伝貧は、その性質上一般的獣医学的診断により病源体を特定して診断することができないため、一定の判定基準を定め行政機関が右基準に従つて判定することにより初めてその馬が同法にいう患畜ないし疑似患畜となるのであつて、行政機関による判定を経ないものについては患畜ないし疑似患畜を考える余地がない。ヒカルヨウコー号は、行政機関による判定を経ない以上同法にいう疑似患畜に該当しないのであるから、原判決は同法の解釈を誤つて同法にいう伝貧の疑似患畜でないものを疑似患畜と解して同法適用の対象とした違法がある、というのである。

原審第三回公判調書中証人横田禎の供述部分、証人信藤謙蔵、同藤田濤吉、同上田晃の原審公判廷における各供述、上田晃に対する民事証人尋問調書謄本によれば、伝貧は、ビールスを病原体とする馬の伝染病であるが、病源体の検出による診断方法が費用、設備、日数等の関係で必ずしも容易ではなく、その余の診断方法も、病気が慢性の経過をとりやすいこともあつて、それだけで一〇〇パーセントの確実性をもつものがないこと、しかし、そうであるからといつて、これらの診断法が確実性の低いもので獣医学上の伝貧についての診断を下すことが不可能であるなどというものではなく、必要に応じてそれらを反復ないし併用することにより獣医学上の意味における伝貧の診断を下すことは可能であることが認められる。従つて、行政庁が一定の判定基準に合したものを伝貧の患畜ないし疑似患畜と定めることができるだけで、獣医学的診断によつて真正の伝貧の判定をすることが不可能であるという事情は存しない。そうであるならば、家畜伝染病予防法にいう患畜ないし疑似患畜の意味を伝貧のそれについて所論のように解すべき実質的理由は乏しいといわなければならない。

さらに、この点を同法の法文に即して検討してみるのに、家畜伝染病の定義規定である同法二条一項、患畜及び疑似患畜の定義規定である同条二項(いずれも昭和四六年法律一〇三号による改正前のもの。以下右各項を引用する場合について同じ)の文言に徴すれば、同法にいう伝貧の患畜ないし疑似患畜とは、獣医学上の伝貧の概念を前提にして、伝貧にかかつている馬がその患畜であり、伝貧の患畜である疑いのある馬がその疑似患畜であると解する外なく、同法のその余の規定を検討しても、同法にいう伝貧の患畜ないし疑似患畜の概念について、所論のように行政庁の判定を経ることを要件とする旨の見解を採るべき根拠を見出すことができないうえに、同法一三条が届出義務の対象となる患畜等について獣医師の診断ないし死体の検案を前提としていることにかんがみれば、所論の解釈は同条の法意とも矛盾し、たやすくこれを採用しがたい。

なお、家畜伝染病予防法施行規則四〇条は、同法三一条一項の委任に基づき同条所定の伝貧等の検査について右規則別表第一のとおり検査の方法を規定する。しかしこれは、前記のとおり伝貧の性質上その診断が区々となる場合のありうることをおもんばかり、同条所定の右検査について診断の確実と基準の統一を期するためその方法を定めたものに過ぎないと解され、この規定があるからといつて、およそ伝貧の診断がすべて右規則所定の検査方法によらなければならないという理由もなく、まして行政庁の判定がなければ伝貧の患畜ないし疑似患畜と認めえないとすべき理由もない。原判決が、疑似患畜も患畜についてと同様獣医学上の概念で同法二条二項も右の趣旨において理解すべきものとし、同法一八条、二一条の解釈上伝貧の疑似患畜の認定に行政庁の判定を要件としないものと解したことは正当であり、原判決の法令適用に所論の違法はない。それ故論旨は理由がない。

二  控訴趣意中原判示第二の事実に関する訴訟手続の法令違反の論旨(控訴趣意書一一)について。

所論は、原審が採用し、原判示第二の事実認定の資料とした証拠のうち、家畜診療簿一通は、獣医師吉田皎が同馬を飼養している近藤杲を錯誤に陥し入れて同馬の血液を違法に入手しこれを資料として作成した違法収集証拠であつて、証拠能力を有しないから、原審の訴訟手続には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある、というのである。

原審第三回公判調書中証人横田禎の供述部分及び原審第五回公判調書中証人吉田皓の供述部分によると、獣医師である同人は、ヒカルヨウコー号を飼養している近藤杲から同馬の状態が悪いと聞いてその診察にあたつた結果、伝貧でないかとの疑いを抱き、近藤に申し出て同人の承諾を得たうえ同馬の血液を採取して血液検査をしたが、同人は、右承諾を与える際、やつてもいいがあなただけの血液検査にしてもらいたい旨を申し出、吉田もこれを了承したこと、吉田は、右血液検査を含む診察の結果を右家畜診療簿(当庁昭和五〇年押第三八号の四)に記載したこと、同人は、同馬を伝貧の患畜の疑いが濃いと診断したので、獣医師として同法一三条所定の患畜等の届出義務を果すためその届出をすることについて承諾してくれるよう、近藤に対し自らあるいは近藤の知人を介して再三再四説得につとめたが遂に近藤の了解を得るに至らず、獣医師としての公の義務を果すためやむなく同人の了解を得ないままで、同馬が伝貧の疑似患畜であることについて同法一三条の規定による届出をするに至つたことが認められ、右吉田が何人かの依頼もしくは示唆などに基づき同馬の血液の入手を企図し、その手段として結果を公にしない旨近藤を欺き血液を入手したという類いの疑惑を抱かせる事情は窺われない。叙上の経過を考え、且つ同法一三条が獣医師に所定の届出義務を負わせた法意にかんがみるならば、吉田獣医師が同馬の血液を採取した行為はもとより、右血液検査の結果も含めて所定の届出をしたことは、何ら違法不当の措置というに当たらないことが明白である。従つて同人が右の採取した同馬の血液を一資料として同馬を診断した結果を記載した前記家畜診療簿は証拠能力に欠けるところがなく、これを採用して証拠に供した原審の訴訟手続に所論の違法は存しない。それ故論旨は理由がない。

三  控訴趣意中原判示第二の事実に関する事実誤認の論旨(控訴趣意書一〇、一九)について。

所論は、原判決は、被告人白井新平はヒカルヨウコー号が伝貧の疑似患畜であることを知つていた旨認定しているが、同被告人は、家畜伝染病予防法にいう伝貧の患畜又は疑似患畜とは行政機関により判定を経たもののみを指すと理解していたうえ、同馬が真正の伝貧の疑似患畜であるとの考えもなかつたのであるから、同馬が伝貧の疑似患畜であるとの認識を有しなかつたものというべく、少なくとも自己の行為について違法の認識およびその可能性を欠くといわなければならず、同被告人の犯意を肯認した原判決には事実の誤認がある、というのである。

原判決挙示の関係証拠を総合すれば、原判示第二の各事実を優に肯認することができ、一件記録及び証拠物を検討しても所論の事実誤認の形跡を見出すことはできない。

前述したとおり、家畜伝染病予防法上、伝貧の疑似患畜とは、獣医学上の伝貧の概念を前提として、伝貧の患畜(すなわち伝貧にかかつている馬)である疑いがある馬をいうものであり、所論のように行政庁の判定を経ることはその要件ではなく、従つてヒカルヨウコー号が行政庁の判定を経ていなかつたからといつて同馬が伝貧の疑似患畜であることを妨げる理由にはなりえない。被告人白井新平の検察官に対する昭和四七年九月一日付供述調書、被告人近藤杲の検察官に対する供述調書、原審第五回公判調書中証人吉田皎、同近藤隆芳、同羽原吉代の各供述部分、広岡達夫の検察官に対する供述調書、押収してある家畜診療簿一通等原判決挙示の関係証拠を総合すれば、獣医師吉田皎は、昭和四五年一二月一八日から二八日ころまで、同馬について、家畜伝染病予防法施行規則別表第一所定の伝貧の検査方法に準拠した二度にわたる血液検査のほか、体温、栄養、粘膜、結膜、脈搏、心臓衰弱の状態等の検査をした結果、右検査方法に定める判定基準を超える数値の担鉄細胞が検出されたこと並びに同馬の貧血状態及び栄養状態等から伝貧の患畜である疑いが濃いと診断されたので、近藤杲に対しその旨を告げ、獣医師として法定の届出をすることについて承諾してくれるよう再三、再四説得していたこと、これに対し、近藤は、同年一二月一〇日、東京の被告人白井に電話して、ヒカルヨウコー号を吉田獣医に診察してもらつたところ担鉄細胞が検出され、伝貧の疑似患畜とのことで、同獣医は保健所に届けるといつているがどうしたらよいかと処置を相談したこと、その際被告人白井は、近藤に対し同馬を自分の方で面倒をみるから自分の牧場へ連れて来るようにと指示したこと、近藤は、翌一一日、右指示に従い同馬を苫小牧市樽前所在の原判示牧場に連れて行つたこと、被告人白井は、同牧場の管理をしている従業員から同馬の状態について報告を聞いたうえ、従業員に指示して原判示第二(一)(二)の各犯行を行なつたことが認められる。以上によれば、ヒカルヨウコー号は伝貧の患畜である疑いのある馬すなわち伝貧の疑似患畜であつたことが明らかで、被告人白井も、同馬が獣医学上の伝貧にかかつている疑いのあることについては十分認識していたものと認められる。従つて、家畜伝染病予防法にいう伝貧の患畜の意味について同被告人がその主張する独自の見解を有していたことにかかわりなく、同馬が伝貧の疑似患畜であることについての犯意に欠けるところはなかつたものといわなければならない。そして同被告人が、その独自の法解釈から、同馬は行政機関の判定を経ない以上同法にいう伝貧の疑似患畜に該当しないと考えていたにしても、それは法解釈の錯誤に過ぎないもので、犯意を阻却する事由となりえない。それ故論旨は理由がない。

四  次に、控訴趣意中原判示第一の事実に関する論旨の判断に先立ち、職権をもつて一件記録を検討するのに、起訴状記載の公訴事実第一(原審第一回公判期日に検察官において訂正したもの)は、「被告人近藤杲は浦河郡浦河町字西舎四一一番地に牧場を有する有限会社近藤牧場の専務取締役であつて同会社が所有していた軽種馬ミスワンスター号を右牧場において飼養管理しているものであり、被告人白井新平は苫小牧市樽前八二番地に牧場を有する有限会社ランチヨの代表取締役であつて、右ミスワンスター号を被告人近藤から譲受けたものであるところ、共謀のうえ昭和四五年六月一三日北海道知事町村金吾が右ミスワンスター号について馬伝染性貧血に罹患しており、家畜伝染病のまん延を防止するため同月二二日までに殺すべき旨を命じたのにかかわらず、この命令に従わず同年七月一五日までの間前記近藤牧場において右ミスワンスター号を飼養し、もつて知事の命じた殺処分命令に違反し」たというものであり、罰条として家畜伝染病予防法六三条三号、一七条、刑法六〇条がかかげられていたこと、検察官は、原審第一回公判期日に、罰条として家畜伝染病予防法三条の追加を請求したうえ、「家畜伝染病予防法第三条を付加したのは、要するに被告人近藤杲は、代表権限は法律上ないが、但し取締役として会社の機関として業務を遂行すると同時に事実上、会社を管理するものであると理解しているので、所有者としての法条だけでは賄いきれないので付加したものである。」と釈明し、裁判所は右罰条の追加を許可したこと、検察官は、原審第二回公判期日に行なつた冒頭陳述において、「……その手段としてその場で口頭にてミスワンスター号を有限会社近藤牧場において継続して飼養管理するが、その所有権は無償で同牧場から有限会社ランチヨに譲渡してその処分を被告人白井に委ね、被告人近藤に対して行なわれるであろう右殺処分命令の履行の督促をかわすことにし、ここに被告人両名間に本件共謀が成立したのである。……」(原審記録九八丁裏一〇行目から九九丁表六行目まで)と述べ、被告人白井がミスワンスター号を管理する者に当たるか否かについては触れていないこと、検察官は、原審第一三回公判期日に行なつた論告の中でも、「……ちなみに、ミスワンスター号は、殺処分命令が被告人近藤宛に発せられた後の六月二〇日ころ、被告人両名間の話し合いの結果、被告人白井にその所有権が移転になつたが、右殺処分命令の効力は、法第五六条第一項に基づき被告人白井にも承継されることになり、かつ、同馬が継続して近藤牧場に繋留飼育されているところから、同馬の管理者である被告人近藤自身にも殺処分命令の効力が及び、所有権移転によつて消滅することはないのである。……」と述べ、被告人白井が同馬を管理する者に当たるか否かについては触れていないこと、他方、被告人両名及び弁護人は、原審公判審理を通じ、同馬の所有・管理関係について、同馬は、有限会社近藤牧場から被告人白井に譲渡され、同被告人においてその所有権を取得したものであるが、被告人近藤は、右所有権譲渡の前後を通じ、同馬の管理者ではなく、また被告人両名の間で公訴事実にいう共謀をした事実もない旨を主張し、さらに弁護人は、原審第一四回公判期日に行なつた意見の陳述(弁論)において、家畜伝染病予防法三条の解釈上、同法一七条一項の殺処分命令違反の行為につき、当該患畜に所有者と管理者とがあるときは、両者をともに罰することは許されない旨主張していることが明らかである。

ところで原判決は、右公訴事実第一に対し、理由中の(罪となるべき事実)において、

被告人近藤杲は、北海道浦河郡浦河町字西舎四一一番地に牧場を有する有限会社近藤牧場の取締役であるが、同社を代表する父に代つて実質上その経営を一手に掌握し、かつ同社が所有していた軽種馬ミスワンスター号およびその子馬のヒカルヨウコー号を同牧場において飼養管理していたものであり、被告人白井新平は、苫古牧市字樽前八二番地および北海道沙流郡門別町字富川町七四番地に各牧場を有する有限会社ランチヨの代表取締役として右各牧場を経営する傍ら、社団法人日本競走馬協会および同日本軽種馬協会の各役員を兼ねていたものであつたところ、

第一、被告人両名は、前記ミスワンスター号が馬伝染性貧血(伝貧)に罹患していたことから、被告人近藤杲に対し昭和四五年六月一三日、北海道知事町村金吾の名をもつて家畜伝染病のまん延を防止するため同月二二日までに同馬を殺すべき旨を命じた同月九日付殺処分命令書が発付されたことを知るや、その打開策に苦慮した同被告人が、そのころ獣医師原田了介の紹介で知るにいたつた被告人白井新平に右事情を打ち明けたところ、かねてから国ないし地方自治体の伝貧行政を批判する運動を続けてきた被告人白井新平としては、この機会をとらえて自己の日頃の考え方を当局に主張し、軽種馬についての伝貧行政のあり方を改めさせようと企て、同月二〇日ごろ、近藤牧場内の被告人近藤杲方において、被告人白井新平の提言により、両名の間で、右殺処分命令には従わないこととしたうえ、爾後の方針として、同馬を同日有限会社近藤牧場から被告人白井新平に無償で譲渡し、今後は、被告人近藤杲が被告人白井新平の指図のもとに同馬を近藤牧場で飼養管理していく、ということで話がまとまり、もつて被告人両名で共謀のうえ、右命令書に定められていた殺期限をいつたんは徒過させたものの、被告人白井新平が北海道庁の担当者と折衝した結果、同馬を学術試験研究に資する余地があるか否かについて検討することになり、そこで同月二四日同被告人から殺処分猶予願出書が提出されたが、学術試験研究といえども結局はと殺されるということで同被告人の受け入れるところとならず、同年七月八日に至つて右猶予願が却下されたのであるから、ここにおいて、被告人両名としては、右殺処分命令に従つてすみやかに同馬をと殺しなければならないこととなつたにもかかわらず、右命令に従わず同月一五日までの間近藤牧場において同馬を飼養し、もつて同知事の命じた殺処分命令に違反し、

と認定し、さらに(論点に対する当裁判所の判断)の(一)において、「……なるほど同馬はもともと有限会社近藤牧場の所有に属し、その後同社から被告人白井新平に譲渡されたものであるから、所有者としてみる限り、被告人近藤杲が名を挙げられる余地はない。然るに殺処分命令がその名宛人を被告人近藤杲としているのは法三条によつて同被告人をミスワンスター号の現実の管理者として扱つたからであり、次いで昭和四五年六月二〇日ごろに被告人近藤杲が、同社の代表である父を代理して同馬を被告人白井新平に譲渡したが、この所有権の移転によつて同馬に対する管理の権限も同被告人に移転し、これに伴い右命令の効力も法五六条一項により同被告人に及ぶにいたり、かつその際、被告人近藤杲が同馬の飼養管理を近藤牧場において続けることとした以上、右命令は、法五六条一項前段および後段の趣旨により、殺処分命令の本来の名宛人であり、かつ以前は有限会社近藤牧場所有の馬として、以後は被告人白井新平の委託を受けて、前後を通じ同馬を飼養管理し続けていたところの被告人近藤杲に対してもなおその効力を及ぼすにいたつたものと解すべきである。このように、被告人両名に対して、殺処分命令の効力が各別に及ぶものであるからには、前判示のように、ミスワンスター号の譲渡に際して、両被告人の間で殺処分命令には従わない、との共謀が成立したことに基づく共犯理論の適用をまつまでもなく、被告人両名は、各自らこの命令の効力を受けるものとして右命令違反の罪責の有無を問われることになるものというべきである。」と判示し、(法令の適用)において、被告人両名の判示第一の所為は各被告人につきいずれも刑法六〇条、家畜伝染病予防法六三条三号、一七条一項一号、三条に該当するものと判示している。

以上の訴因・罰条の記載及び公判審理の経過によつて考えると、公訴事実第一の訴因は、被告人両名が共謀して同法一七条一項の規定による当該家畜を殺すべき旨の命令(以下殺処分命令と略称)に違反したことについて、被告人近藤は同馬を管理する者として、被告人白井は同馬を所有するものとして、各自その身分に基づき罪責を負うべきことを内容とし、合わせて、当該被告人固有の身分にかかわりなく、身分ある共犯者と共謀した点も罪責負担の根拠とする趣旨も内包されているものと認められ、原審公判審理を通じ、当事者の攻撃防御の訴訟活動もかかる内容の訴因であることを前提として行なわれて来たと認められる。これに対し、原判決は、被告人両名が共謀して右殺処分命令に違反したこと、被告人近藤が同馬の管理者の地位にあつたことを認めた点は訴因のとおりであるが、被告人白井についても同馬を管理する権限を有していたことを認め、この点に着目して、同被告人が被告人近藤との関係で共犯理論の適用をまつまでもなく右殺処分命令違反の罪責を負う根拠としている点で、訴因と異なる事実認定をしたことが明らかである。

そこで、右訴因事実と右認定事実との間に存する右の相異点が当事者の訴訟活動上どのような意味を有するかを考察する。患畜の所有者であるとの事実は患畜の管理者であるとの事実を当然に含むものではないから、後者の事実を認定することが前者の事実を内容とする訴因の一部を縮小認定したものにとどまるとはいえない。また、患畜の所有者と管理者が分れている場合にその者がそのいずれであるかは、同法三条の解釈にからみ、同法一七条一項(昭和四六年法律一〇三号による改正前のもの。以下同項を引用する場合について同じ。)の規定による殺処分命令に対する違反が成立するか否かにかかわる重要な事項である。すなわち、同法三条の規定の文言に照らし、且つ家畜飼養の実態上家畜の所有者と管理者とが別個に存在している例が少なくなく、かかる場合家畜の防疫上緊急に必要な処分を命ずるには、むしろ患畜等の支配関係の有無を把握しやすい管理者を相手とするのが適切であつて、法の趣旨にも沿うことを考え合わせると、同法三条の解釈として、同一の患畜に所有者と管理者とが別個に存在するときは、同法一七条一項の規定による殺処分命令の効力が及ぶのは管理者だけであつて、所有者には及ばないと解するのが相当である。そしてこのことは、同法五六条一項の適用をまつて殺処分命令の効力を受ける者(処分の承継人)の範囲についても同様と解される。

してみると、本件の訴因で、被告人近藤がミスワンスター号の管理者とされている以上、被告人白井が同馬の所有者たるにとどまるか、同馬の管理者の地位をも有するかは、前記の法解釈にかんがみ、被告人白井が殺処分命令違反の罪責を負う根拠に関連し、被告人らにとつて防御の観点上重要な意味を有するものといわなければならない。

右の点を被告人白井について検討すると、同被告人としては、他に被告人近藤が管理者として存在するかぎり、被告人近藤との共謀の責任を問われる点を別とすれば、自己が同馬の所有者というだけでは罪責を負うべき根拠がなく、管理者でもあるという要件が加わつて初めて自己固有の立場での罪責を負うことになると解すべきである。もつとも、訴因には被告人白井がミスワンスター号の管理者である被告人近藤と共謀した事実も含まれるから、被告人白井は、右管理者との共謀の事実が認定されるならば、自己が管理者であるか否かにかかわりなく、訴因の枠内で共謀による殺処分命令違反の刑責を肯定されるわけである。しかしながら、単に訴因の枠内での縮小認定として管理者との共謀の事実を認め、この点で罪責を問うというにとどまらず、むしろ共謀理論の適用をまつまでもなく、これに先立つて被告人白井固有の立場でも刑責を負う理由があるとして、訴因の中に含まれていなかつた管理者の地位を認定し、これを刑責負担の第一の根拠とすることは、同被告人に対し、犯罪成立の身分的根拠に当たる重要事項につき訴因との間に防御上看過しがたい差異を生じさせるものというべきである。

次に被告人近藤について右の点を検討するのに、同被告人を管理者とし、共犯者たる被告人白井を所有者とする訴因事実と、被告人近藤も被告人白井もともに管理者とする原判示事実を対比するとき、訴因変更の手続を経ないで後者の認定をすることは、家畜伝染病予防法三条の解釈に関連して、被告人近藤についても、殺処分命令の効力を受ける者の範囲につき訴因事実を前提として構成されている防御のための法律的主張を、その前提事実の変更によつて無意味にするとともに認定事実を前提としての防御方法を講ずる機会を失わせるおそれがあるといわなければならない(現に原審公判廷において弁護人が、殺処分命令違反の行為につき当該患畜に所有者と管理者とがあるときはその双方をともに罰することは許されない旨の主張をしていることはすでに述べたとおりである。)。また、前示のように、訴因は、被告人近藤が同馬の管理者である事実をとらえて同被告人に対し殺処分命令違反の罪責を問う身分的根拠としている趣旨と認められるが、同馬の所有者たる被告人白井との共謀の事実が記載されているところからみると、右の外、被告人近藤について、同被告人自身の地位にかかわりなく、被告人白井との共謀の点も、被告人近藤の罪責を問う根拠として訴因に内包されているものと解される。そして、被告人白井との共謀を根拠にして被告人近藤の罪責を問う場合には、必然的にその前提として被告人白井の同馬に対する地位が問題となるから、被告人白井の同馬に対する所有もしくは管理の関係は、被告人近藤にとつても、被告人白井との共謀を根拠とする罪責の理由づけに関するものとして、防御上、重要な事項に属するといわなくてはならない。

以上のとおり、訴因事実と原判決の認定事実とを対比すると、被告人両名につき、それぞれ、自らが殺処分命令違反の所為につき罪責を負う身分的根拠に関連して、訴因事実を基礎とするか、原判示事実を基礎とするかにより、法律上、事実上の防御方法を異にする防御上軽微とはいえない相異を生ずるおそれのありうる場合であつたといわなければならない。ちなみに本件訴訟の具体的経過に即して検討しても訴因の変更手続をとらないまま原判示の認定をすることは、被告人らにとつて、前記の点に関するそれまでの防御上の主張の前提事実を変更されることでその主張を無意味ならしめられるとともに、防御方法を講ずる機会が不十分のまま自らの罪責の根拠に関する新たな事実を認定される不利益を蒙る結果を招いたことを否定しがたい。

してみれば、公訴事実第一について訴因変更の手続を経ないで原判決のように認定することは、被告人らの防御に実質的に不利益を与えるおそれがありうるものとして許されないところであつたというべく、原判決は、右の点で審判の請求を受けない事件について判決をした違法があるものといわなければならない。

以上の理由により、原判決は、控訴趣意中原判示第一事実に関する各論旨について判断するまでもなく、被告人両名について破棄を免れない(被告人白井について、原判示第一の事実は、原判決が有罪の認定をした原判示第二の各事実と刑法四五条前段の併合罪の関係にあり、両者は一個の刑をもつて処断するのが相当とするから、原判決は同被告人についても全部破棄を免れない。)。

そこで、控訴趣意中原判示第一の事実に関する各論旨に対する判断を省略し、被告人両名につき刑事訴訟法三九七条一項、三七八条三号により原判決を破棄し、同法四〇〇条但書を適用し、当裁判所においてただちに次のように自判する。

(罪となるべき事実)

原判決が適法に確定した被告人白井新平に対する原判示第二の事実(右事実に関連して、原判示冒頭事実中近藤杲が有限会社近藤牧場が所有していた軽種馬ミスワンスター号の子馬のヒカルヨウコー号を同牧場において飼養管理していたとの事実を含む。)の外、当裁判所は、罪となるべき事実としてつぎの事実を加える。

被告人近藤杲は、北海道浦河郡浦河町字西舎四一一番地に所在し、同所に牧場を有する有限会社近藤牧場の取締役で、同会社の代表取締役である父近藤貞男に代つて実質上同会社の経営を掌握していたもの、被告人白井新平は、苫古牧市樽前等に牧場を有する有限会社ランチヨの代表取締役として同会社を経営するかたわら、社団法人日本競走馬協会及び社団法人日本軽種馬協会の役員をしていたものであるところ、

第一  被告人近藤杲は、浦河町字西舎四一一番地所在の前記牧場において、有限会社近藤牧場所有の軽種馬ミスワンスター号を飼養管理していたが、家畜防疫員の検査の結果同馬が馬伝染性貧血(略称伝貧)の患畜であることが判明したため、昭和四五年六月一三日、同被告人に対し家畜伝染病予防法一七条一項の規定により馬伝染性貧血にかかつた同馬を同月二二日までに殺処分すべきことを命ずる北海道知事の命令書の送付を受け、同知事から右殺処分を命ぜられるに至つたものの、同馬を殺すことに意が進まなかつたところから対策を求めて知人の獣医師原田了介に相談し、同人のすすめにより馬伝染性貧血の問題で活動している被告人白井新平に助力を請うことになり、そのころ同被告人にミスワンスター号について右殺処分を命ぜられた事情を告げて対策を相談した。被告人白井新平は、かねてから、国及び地方自治体の軽種馬に対する馬伝染性貧血の患畜の認定及び処分に関する行政に強い批判を抱き伝貧行政批判の運動を展開していたため、被告人近藤から右事情を聞くや、この際自らミスワンスター号の問題に介入し、同馬についての殺処分命令の是非も含めて行政当局の伝貧行政のあり方を究明し、右命令に対抗して同馬の殺処分を阻止しようと考え、その旨を被告人近藤杲に説き、同被告人も右殺処分命令に対する対策を被告人白井新平の判断に一任することにした。同月二〇日ころ、被告人白井新平は東京都内で、被告人近藤杲は浦河町字西舎四一一番地の同被告人方で、互いに電話で連絡協議し、その場で同馬の所有権を有限会社近藤牧場から被告人白井新平に譲渡したうえ、なお引続き被告人近藤杲が同牧場で同馬を飼養管理して右殺処分命令には従わないこととし、その旨共謀を遂げ、以後も引続き被告人近藤杲において同馬を飼養管理していた。右命令に定められた期限経過後の同月二四日、被告人白井新平は、北海道庁において所管の係官と折衝したところ、係官から学術試験研究のため同馬の殺処分を猶予願いたい旨の願出書の提出方を示唆され、当面同馬を大学等の研究施設に預けることで殺処分を免れる方策がありうるものと考え、殺処分回避の途を探す方便として右願出書を提出したものの、同年七月八日、所管の係官から右預け先として示された帯広畜産大学の研究施設の実情を見分した結果、同大学には同馬を預かつて生かしておく態勢はなく、結局試験用に供されて殺される以外にないことを知り、同馬を同大学に委ねることを拒んだため、所管の係官から殺処分の猶予願出は認めない旨の同知事名義の通告を受けるに至り、ここに被告人両名は、もはや猶予の余地なく前記命令に従つてただちに同馬の殺処分をすべきことになつたにもかかわらず、引続き同月一五日まで右近藤牧場において同馬を飼養して殺処分を行なわず、もつて家畜伝染病予防法一七条一項(昭和四六年法律一〇三号による改正前のもの)の規定により北海道知事が発した右殺処分命令に違反した。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)

被告人近藤杲の判示第一の所為は、刑法六〇条、家畜伝染病予防法六三条三号、昭和四六年法律一〇三号附則三項により同法による改正前の家畜伝染病予防法一七条一項一号、同法三条に、被告人白井新平の判示第一の所為は、刑法六五条一項、六〇条、家畜伝染病予防法六三条三号、昭和四六年法律一〇三号附則三項により同法による改正前の家畜伝染病予防法一七条一項一号、同法三条に、同被告人の原判示第二(一)の所為は、昭和四六年法律一〇三号附則三項により同法による改正前の家畜伝染病予防法六五条一号、一八条に、同被告人の原判示第二(二)の所為は、昭和四六年法律一〇三号により同法による改正前の同法六五条一号、同法二一条二項に該当するので、被告人両名に対し判示第一の罪につき所定刑中いずれも罰金刑を選択し、被告人近藤杲について、その所定金額の範囲内で同被告人を罰金四万円に処し、被告人白井新平について、判示第一、原判示第二(一)、(二)の各罪は、刑法四五条前段の併合罪なので、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で同被告人を罰金八万円に処し、被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、同法一八条により金二、〇〇〇円を一日に換算した期間その被告人を労役場に留置することとし、原審における訴訟費用は、刑事訴訟法一八一条一項本文により証人吉田皎に支給した分は被告人白井新平に、証人藤田濤吉、同其田三夫に支給した分はその二分の一ずつを被告人両名にそれぞれ負担させることとする。

(弁護人及び被告人の主張に対する判断)

弁護人及び被告人白井新平の主張は多岐にわたるが、その主要なものについて判断を示す。

(一) 家畜伝染病予防法施行規則による伝貧についての検査方法の定めの適法性について。

弁護人は、家畜伝染病予防法施行規則別表第一所定の伝資についての検査の方法は、それが判定方法まで定めている点において、法律の委任の範囲を逸脱し、憲法七三条六号に違反して無効である旨主張する。ところで、家畜伝染病予防法三一条一項は、「省令で定める牛又は馬の所有者は、都道府県知事が省令で定める方法により行うブルセラ病及び結核病又は馬伝染性貧血についての検査を受けなければならない。」と規定し、同法施行規則四〇条は、「法第三一条第一項〔ブルセラ病等の検査〕の省令で定める方法は別表第一のとおりとする。」と規定し、右別表第一は、検査の方法として、術式、要領、判定の三欄を設け、判定方法についても規定している。同法三一条一項にいう「検査」が同項所定の家畜伝染病を発見し防疫措置を講ずることを目的とするものである以上、右検査は当然に判定を含む趣旨と解され、そうだとすれば文理上同項にいう省令で定める方法とは、単に検査の術式を意味するだけではなく、判定方法をも含むものと解することができる。そして、同法が同法三一条一項所定の検査についてその方法を規則により一定した趣旨は、伝貧を含め同項所定の家畜伝染病が慢性の経過をとりやすく、診断が区々となる場合のあることをおもんばかり、獣医学上妥当と認められる検査方法を定めて診断の確実と基準の統一を期することにあると解されるから、同項にいう省令で定める方法の意味を前記のように解することは、同法の趣旨に沿う所以でもある。それ故右規則別表第一が検査の方法として判定方法についても規定していることは、法律による委任の範囲を逸脱せず、適法なものと解せられるのであつて、もとより憲法七三条六号に違反するものではない。弁護人及び被告人白井の主張は理由がない。

(二) 家畜伝染病予防法施行規則別表第一所定の伝貧についての検査方法の当否及びミスワンスター号に対する伝貧の判定について。

弁護人及び被告人白井は、右規則別表第一所定の、病馬の血液から担鉄細胞を検出することにより伝貧と判定する方法は、獣医学上伝貧の判定についてふるい分けの意味を有するだけの不完全なもので、右方法により伝貧の患畜とされたもの、すなわち判定患畜がただちに獣医学上の真正な伝貧の患畜であるとは断定できない。ミスワンスター号は、右方法により伝貧の患畜と判定されたにとどまり、真正の伝貧の患畜であることには多大の疑問があつたのであるから、これを伝貧の患畜と認定して発せられた本件殺処分命令は無効である旨主張する。しかしながら、家畜伝染病予防法二条二項によれば、同法にいう「患畜」とは、家畜伝染病(腐蛆病を除く。)にかかつている家畜を指すことが明らかであり、右にいう家畜伝染病は、いずれも獣医学上の概念と一致すべきものと解され、前述したとおり伝貧についてもこの点を別異に解すべき理由はないから、同法の適用上伝貧の患畜であることの判定には、獣医学上妥当と認められる診断方法によることを必要とする。同法三一条一項は、同項所定の伝貧等についての検査の方法を省令の定めに委ね、その委任に基づき右規則別表第一の検査方法が定められているところ、その検査方法が獣医学上妥当を欠くものであるならば、これにより伝貧の患畜と判定されても、それだけでは必ずしも獣医学上の伝貧にかかつているものとは断定できず、これを伝貧の患畜として同法を適用することに疑問を生ずることになるが、右検査方法が獣医学上妥当なものであるならば、同法三一条一項所定の検査についてはもとより、その他広く伝貧の診断について右方法に準拠して判定をすることを不当視すべきいわれはない。

そこで右規則別表第一所定の伝貧についての検査方法の定めをみると、同表上段の「術式」欄に、 1 一般検査、 一 体温検測、 二 栄養状態、 2 細部検査、 一 粘膜及び結膜の状態、 二 心音、脈搏及び心臓衰弱の状態、 3 疫学的検査、 4 特殊検査(ただし、第三号の事項については、必要と認める場合に行なえばよい。)、 一 担鉄細胞の検出、 二 赤血球数の計算、 三 肝臓組織の病変、の各記載があり、これによれば、伝貧の検査には1ないし4の検査を併用すべきもの(ただし肝臓組織の病変の検査((同表下欄の判定欄の記載をみると肝臓穿刺の方法で得た肝臓の組織片について行なうことが明らかである。))は必要と認める場合に行なう。)とされていることが明らかである。ところで下段の「判定」欄をみると、「1 次の各号の一に該当するものは、馬伝染性貧血の患畜とする。」として一から五までの各号がかかげられ、うち一号は、「術式」欄4の一に対応し、白血球しゆう集塗抹標本において担鉄細胞が一定率以上の割合で認められる場合を規定している。従つて判定欄の右文言のみからすると、一見、判定欄1の一の所見すなわち右一定率以上の割合の担鉄細胞の検出があれば、ただちに伝貧の患畜と判定すべきことを規定しているようにみえるが、「術式」欄と「判定」欄の記載をよく対照し、さらに同じ表の中段の「要領」欄の末尾に、「四 細部検査及び特殊検査を行なう場合にはトリパノゾーマ病及びピロプラズマ病との類症鑑別に注意すること。」と記載されていることを合わせ考えれば、右「判定」欄の記載の趣旨は、右1の一ないし五の各号該当の所見があればただちにそれだけで伝貧の患畜と判定すべきことを定めているのではなく、当該所見に「術式」欄掲記の他の検査の結果も総合し、さらに類症鑑別にも留意して判定すべきことを定めたものと解すべきである。(前示のとおり「要領」欄にはトリパノゾーマ及びピロプラズマ病との類症鑑別に注意すべきことが明記されているが、これは類症として顕著なものを特に掲げて注意を促したものと解すべく、その趣旨はその他の類症との鑑別一般に妥当すべきものである。)原審第七回公判調書中証人信藤謙蔵の供述部分(ただし被告人近藤に対しては速記録中(その一)とある部分を除く。以下右供述部分引用の場合すべて同じ。)、原審第九回公判調書中証人藤田濤吉の供述部分、原審第一〇回公判調書中証人其田三夫の供述部分、原審第一二回公判調書中証人浜崎裕、同上田晃の各供述部分、原裁判所の証人信藤謙蔵に対する尋問調書(ただし被告人近藤について。以下右尋問調書引用の場合すべて同じ。)、上田晃に対する民事証人尋問調書謄本を総合すると、右規則別表第一の「術式」欄に掲げられた伝貧についての各検査のうち中核となるのは担鉄細胞の検出であり、その余は、必要と認める場合に行なえばよいとされている肝臓組織の病変の検査を除き、すべて補助的なものに過ぎないこと、しかしこれら補助的な検査であつても、担鉄細胞の検出等の特殊検査の結果伝貧の判定基準に該当した馬の中から疑問のあるものを除き判定の精密度を高めるのに資する機能のあることが認められるから、右規則別表第一所定の検査の方法が「判定」欄掲記の所見のみにより判定すべき趣旨ではなく、同表所定の諸検査の結果を総合して判定すべきことを求めている点は、右検査方法の妥当性を判断するについて無視できない要素というべきである。

所論は、担鉄細胞の検出による判定方法が不完全なものであることを力説する。前掲証人信藤謙蔵、同藤田濤吉、同其田三夫、同上田晃の各供述部分、同信藤謙蔵の尋問調書、上田晃に対する民事証人尋問調書謄本を総合すると、伝貧はビールスによつて起る馬の伝染病であるが、診断方法の現状として、患馬の体内からビールスを検出して顕微鏡で確認する方法は、特別の施設と高度の技術を要し、一般の実用的方法としてはとうてい困難であり、ビールスを組織培養する方法も開発されつつはあるが、ビールス濃度の少ない慢性馬についてはいまだ行なわれるに至らないなど難点があること、病馬から健康馬に接種して発病を確める方法がもつとも信頼されているが、日数がかかるうえ通常二頭以上の健康馬を必要とするため多大の費用を要する点で実用的でなく、他に現在研究、開発されつつあるゲル内沈降反応などの若干の方法も、本件当時広く実用化の域に達していたとは認めがたいこと、また肝臓穿刺による方法は、従前かなり行なわれたが、担鉄細胞の検出による方法が判定結果においてこれとよく一致することがわかつてからは、方法自体に、馬を傷つけ場合によつては死亡させる危険のあることも手伝つて、特別の場合以外は行なわれないようになつたこと、その外、一般臨床検査による方法及び担鉄細胞の検出による方法も含め、伝貧の診断にはそれ一つで一〇〇パーセント確実というものはないこと、その中で担鉄細胞の検出による方法は、血液病理学的研究成果に基づく確度の高い方法として獣医学界に認められ、昭和二六年からそれまでの一般臨床的方法に加えて規則所定の診断方法に組入れられたもので、それのみで完全というものではないが、少くとも本件当時、一般臨床検査と併用するときは高度の確実性を有するもつとも実用的な方法として獣医学上是認されていたことが認められる。

そこでさらに右方法と類症鑑別の関係について検討するのに、前掲の証拠によれば、たしかに伝貧以外の原因によつても担鉄細胞が検出される場合があること、すなわち、トリパノゾーマ、ピロプラズマ、血斑病、腺疫、えぞねぎ中毒、新生児黄だん及び輸血の場合にも担鉄細胞が検出されうること、しかしこれらの類症については、そのほとんどが鑑別可能であるか、少なくとも伝貧として判定したものの中に当該類症がまぎれ込まないよう注意を払うことが可能なものであること、すなわち、腺疫の非典型的なものには鑑別のむずかしいものがあるが、血斑病は慣れた臨床家なら浮腫の様子で十分鑑別可能であり、えぞねぎ中毒は尿の色の点で伝貧と症状を異にし、トリパノゾーマ、ピロプラズマは本邦になく、新生児黄だんは一歳未満の馬に限られ、輸血によるものは輸血の事実を確認することによつて鑑別に留意することが可能であることが認められる。

そうしてみると、家畜伝染病予防法施行規則別表第一所定の検査方法は、前述のとおり、担鉄細胞の検出による方法に、「術式」欄に列挙された他の検査方法をも加え、さらに判定上必要と認める場合は、担鉄細胞の検出に匹敵する有力な検査方法である肝臓穿刺による肝臓組織の病変の検査も行なうこととし、且つ類症鑑別にも留意しつつ、各検査の結果を総合して判定する趣旨と解されるのであるから、右規則別表第一所定の方法に従つて各種検査を忠実に行ない、類症鑑別に留意して慎重に判断するならば、この方法による伝貧の患畜の判定は高度の確実性を有し、少なくとも伝貧の患畜でないものが伝貧と誤診される可能性は極めて少ないものと認められ、右検査方法をもつて単に一応のふるい分け程度の不完全なものに過ぎないとするのは当たらない。所論は、右検査方法が、担鉄細胞の検出のみに依存するものではなく、「術式」欄に列挙された諸検査を総合し、類症鑑別にも留意してなされるべきものであることを軽視してことを論ずるうらみがある。もつとも右検査方法によつても、類症鑑別が困難なため、その網を洩れて、伝貧でないのに伝貧の患畜として判定される場合が絶無とはいえない。しかしこのようなことは、ことの性質上経験科学上の判断についてはおおむね免れえないところであつて、右検査方法が現在の獣医学上是認された方法に属し、右のとおり高度の確実性を有するものである以上、この検査方法に正しく準拠した診断の結果伝貧の判定を下された患馬は、獣医学上の伝貧にかかつているものとして、家畜伝染病予防法にいう伝貧の患畜に該当するものといわなければならない。

原審第三回公判調書中証人横田禎の供述部分、同第一二回公判調書中証人浜崎裕、同上田晃の各供述部分、浜崎裕、板東弘一、上田晃に対する各民事証人尋問調書謄本、家畜防疫員浜崎裕作成の馬伝染性貧血診断書謄本を総合すれば、北海道日高家畜保健衛生所所属の家畜防疫員で獣医師である浜崎裕は、昭和四五年六月八日、九日の両日にわたり、近藤牧場で、ミスワンスター号につき、家畜伝染病予防法三一条に基づき、同法施行規則別表第一所定の検査方法に従つて一般検査、細部検査、疫学的検査並びに特殊検査としての担鉄細胞の検出及び赤血球数の計算を行なつたこと、その結果、伝貧の判定基準として定められている数値を越える割合(白血球一万個に対し二個以上)の担鉄細胞が検出された外、細部検査において結膜、口粘膜の色の異常と心音の第一音の分裂(いずれも伝貧のみに特有の症状ではないが、伝貧の臨床症状の一に属する。)等の症状がみられたが、外観検査において他に認むべき疾病がなかつたこと、同獣医師は、右の外、同馬の繁殖状況がよくないこと、同牧場で過去に伝貧の発生があり、同馬自体も昭和四一年に伝貧の疑似患畜と判定された経歴があることなど、各検査結果を総合し、伝貧以外の他の疾病はなく伝貧に相違ないとの診断を下し、同馬に対する馬伝染性貧血診断書を作成し、北海道日高家畜保健衛生所長横田禎に報告したこと、同所長は、右報告に基づき、同馬を伝貧の患畜と認定し、被告人近藤杲に対し北海道知事名義で殺処分を命ずるに至つたことが認められる。浜崎獣医師の右診断について、それが右規則別表第一所定の検査方法に正しく準拠せずあるいは杜撰な方法で行なわれるなど、診断の信用性に疑いをさしはさむべき事情は窺われず、また右診断書の作成経過及び記載内容について検討しても、その証拠能力及び信用性に疑いを生じさせるような事由を見出すことができない。そして右診断が正当であつたことは、殺処分命令が出された後に北海道農務部家畜衛生監で獣医師の板東弘一が行なつた同馬の診断結果及び特に同馬と殺後帯広畜産大学教授上田晃が同馬の内臓について行なつた病理組織学的検査の結果によつても裏付けられるところである(原審第一二回公判調書中証人上田晃の供述部分、板東弘一、上田晃に対する各民事証人尋問調書謄本、上田晃作成の昭和四五年八月二〇日付馬伝染性貧血患畜の病理組織学的検査結果についてと題する報告書謄本)。弁護人は、右上田晃の行なつた病理学的検査が被告人らに防御権行使の余地がなく一方的に収集された資料に基づく点で違法であり、内容的にも伝貧の診断に対しては単なる参考資料にとどまり、価値に乏しいようにいうが、同人が検査の資料とした同馬の内臓は、被告人らが殺処分命令に従わないため代執行によりと殺された同馬から採取したうえ検査のため同人のもとに送られたものであるから(前掲上田晃の供述部分)、その採取の過程に被告人らが関与していなかつたからといつて、採取手続が違法となるものではなく、また右検査結果は、家畜病理学の専門家である同人がその専門の見地から同馬の内臓を綿密に検査した結果、肝臓、脾臓、腎臓の組織の顕著な変化を認め、同馬が伝貧にかかつていた旨の判定を下したものであり、その判定の信用性を疑うべき事由を見出すことはできない。右検査結果を記載した前掲報告書謄本は、証拠能力はもとより証明力にも欠けるものではない。

そうだとすれば、北海道日高家畜保健衛生所長が浜崎獣医師の報告に基づき、ミスワンスター号を伝貧の患畜と認定したことは相当であり、この点において殺処分命令の要件に欠けるところはない。それ故弁護人及び被告人白井の主張は理由がない。

(三) ミスワンスター号に対する殺処分命令の必要性について。

弁護人及び被告人白井は、家畜伝染病予防法施行規則別表第一所定の担鉄細胞の検出による伝貧の判定方法は、もともと獣医学上の真正の伝貧の診断方法として不完全で、ふるい分けの機能を有するに過ぎず、且つ真性の伝貧でも慢性の伝貧の感染力は弱く、さらに病源体を体内に保有しながら発病に至らない例や治癒する例もみられるのであるから、右判定方法により伝貧の患畜と判定されても、ただちに殺処分命令を発すべきでなく、真性の伝貧であるか否か及び殺処分の必要性を判断するため観察期間を置くべきものである。行政当局が、右判定方法によりミスワンスター号を伝貧の患畜と認定するや、殺処分の必要性を考慮せず、観察期間も置かず、ただちに殺処分命令を発したのは、同法一七条一項の裁量の範囲を逸脱した違法な処分である旨主張する。

家畜伝染病予防法一七条一項によると、「都道府県知事は、家畜伝染病のまん延を防止するため必要があるとき」にかぎつて伝貧を含む同項一号列挙の家畜伝染病の患畜及び同項二号列挙の疑似患畜の所有者に当該患畜もしくは疑似患畜を殺すべきこと、すなわち殺処分を命ずることができるのであつて、殺処分命令を発するか否かは都道府県知事の判断によるとはいえ、その自由な裁量を許すものではなく、右必要性の存在が右命令の適法であることの要件となることは疑いがない。本件についてこれをみると、前掲証人横田禎の供述部分及び押収してある前掲馬殺処分命令書謄本によれば、北海道日高家畜保健衛生所長横田禎は、北海道事務決裁規程八条による北海道知事の事務の専決として、ミスワンスター号を伝貧の患畜と認定し、家畜伝染病のまん延防止のため必要があるとして、本件殺処分命令を発したことが認められる。しかし前述したとおり、殺処分を命ずるか否かは都道府県知事の自由裁量に委ねられた事項ではないのであるから、同馬についても客観的に右必要性の存在が認められる場合であつたか否かを検討しなければならない。

この点に関連して従前の伝貧馬に対する行政当局の処置をみると、前掲証人横田禎、同信藤謙蔵の各供述部分、板東弘一に対する民事証人尋問調書謄本を総合すると、農林省畜産局は、家畜防疫対策の一として、伝貧の患畜は、「可及的速かに」(昭和四四年度)、もしくは「原則として、二週間以内に」(昭和四五年度)、殺処分するという方針を定め、都道府県知事あてにその旨の通達を出していること、北海道内では、本件当時まで、伝貧の患畜として認定された馬で殺処分をされなかつたものはなかつたこと(ちなみに前掲佐々木邦彦作成の馬伝染性貧血に関する資料と題する書面によれば、北海道内での伝貧の発生数は、昭和四四年度で全国の約五〇・二%を占める一一四頭である。)が認められ、右の事実に、前掲浜崎裕、板東弘一に対する各民事証人尋問調書謄本を合わせて考えると、少なくとも北海道では、伝貧の患畜の認定即殺処分という扱いが定型化していたようにみえ、一見、所論が指摘するように同法一七条一項の定める必要性の要件についての十分な検討がなされないままに殺処分命令が発せられていたのでないかとの疑いを生じさせることを否定できない。しかしこれまで伝貧馬がすべて殺処分に付されていたということから、ただちに、命令を発するに際し右必要性の判断がなされず、必要性のないものについてまで殺処分命令が発せられる実情にあり、ひいて本件ミスワンスター号の場合もその例に洩れなかつたものと断定するのは即断のそしりを免れず、この点については、さらに家畜伝染病としての伝貧の性質、当該伝貧馬の病状、同馬をめぐる環境条件等一般的及び特殊的諸条件を検討し、他馬へのまん延のおそれの有無及び殺処分以外にまん延防止の手段がなかつたか否かをも考察したうえ殺処分の必要性の有無を判断することを要する。

前掲証人横田禎、同信藤謙蔵、同藤田濤吉、同其田三夫、同上田晃の各供述部分、板東弘一、上田晃に対する各民事証人尋問調書謄本、証人信藤謙蔵に対する尋問調書、佐々木邦彦作成の馬伝染性貧血に関する資料と題する書面を総合すると、伝貧については次のような諸事実が認められる。

まず予防、治療、治癒の可能性については、ワクチンによる免疫などの研究は進められつつはあるがいまだ確立されるに至らず、予防方法としては隔離もしくは殺処分という消極的手段があるだけであること、病気の性質として一旦臨床的に治癒したようにみえても体内に長くビールスを保有し、再発すること、伝貧馬には急性の症状を呈するものの外ほとんど臨床症状のない慢性の経過をとるものもあり、近年後者がふえているが、急性、慢性の別は固定したものではなく、十分な休息と栄養状態に恵まれている間は慢性の経過をとつていても、飼養の条件が悪化すると急性の症状を呈し死亡すること、治療方法には有効なものがなく、自然治癒もまず望みがないこと、(もつとも一旦伝貧の患畜と判定され殺処分命令が発せられながら、これを逃れ、長期間経過した後、診断によつても所定の判定基準に該当しないため患畜と判定されず、殺処分命令を取消されたクモワカ号の例があるけれども、伝貧でも担鉄細胞の検出されなくなる時期もあり、((上田晃に対する民事証人尋問調書謄本))右の例が果して自然治癒の証明例に当たる場合であるのか否か確知しがたいうえ、仮りにまれに自然治癒がありうるとしてもその故にまん延防止の必要性が左右されるものではない。)、被告人白井が力説する、伝貧が自動的免疫性疾患で、病源体のビールスが馬の体内に入つても一、二年経つと抗体ができて自然免疫性を取得するとの説は、獣医学界において定説の地位を占めるものでないことがそれぞれ認められる。

さらに、伝貧の感染力について検討するのに、前掲証拠によれば、感染経路は、あぶ、ぶゆ、蚊などの吸血昆虫の発生する時期にはこれを介するものが最も多く、その他患畜から出る分泌物、排泄物を介する接触感染、交尾感染、胎児に対する胎内感染があること、従つて理論的には患畜の完全隔離により他への感染を防ぎうるはずであるが、そのためには吸血昆虫の出入りを完全に遮断し、排泄物を完全に消毒し、さらに患畜の飼養者の身体、衣服を介して他馬への接触感染をも防ぐ措置を講ずる必要があり、しかも伝貧は、前述のとおり治療の方法がなく、自然治癒もまず見込みがなく、長く病馬の体内に病源体たるビールスを保有し感染源となりうるのであるから、必然的に右隔離期間も長期ないしは無期限にわたることを要する関係上、右のような措置は一般牧場、農家の立場では極めて実行困難とみられること、伝貧は、家畜伝染病予防法一六条所定の口蹄疫、牛疫などのように一週間位で本邦内の牛の半数位にまでまん延する可能性のあるものに比べれば、一般的にはその感染力はかなり弱いとはいうものの、吸血昆虫を介しての感染に好適な条件のもとでは強力な感染力を発揮すること、伝貧には伝貧特有の顕著な症状を呈する急性のものの外、顕著な症状を呈さない慢性の経過をとるものがあり、慢性のものは、急性のものに比べ感染力が弱いようであるが、一見健康馬にみえる慢性の伝貧馬でも体内に病源体のビールスを保有する以上、感染力を否定できず、急性、慢性を問わず吸血昆虫の飛来する時期及び環境のもとでは感染の危険性が大きいこと、体内に伝貧のビールスを保有していても伝染の危険のないものがあることを推測する意見もあるが(前掲其田三夫供述部分記録五冊一五四四丁)、右意見によつてもどのようなものが感染源となりあるいはならないかを確定する方法がないとされていること、また、慢性、急性の別も固定したものではなく、前者の経過をとつていたものが急性の症状を呈する場合もあることが認められる。

また、前掲証拠によれば、我国における伝貧の発生状況については、かつて明治年代に北海道、東北地方の放牧慣行のある馬産地に大流行し、馬産上甚大な被害を与え、さらに他地方へまん延するおそれがあつたため、明治四二年、農林省馬政局に臨時馬疫調査委員会がおかれ、組織的な調査、研究が進められる端緒となつたが、その後も伝貧の発生はやまず、昭和四年には「馬ノ伝染性貧血ニ罹リタル馬ノ殺処分ニ関スル件」(同年法律第九号)が制定され、伝貧馬に対する殺処分命令を中核とする防疫対策が確立されたこと、終戦後軍馬の放出により伝貧が急増するおそれがあつたが、昭和二六年現行家畜伝染病予防法制定に際し、担鉄細胞の検出による診断方法がとり入れられた外、農林省により伝貧馬の検診、陶汰強化計画が進められ、その後伝貧の患馬数、検査頭数に対する摘発率とも減少し、本件当時には、終戦後もつとも発生の多かつた昭和二七年当時に比べ、両者ともはなはだしい減少を示し、特に急性、亜急性の例が少なくなつており、この傾向は北海道内でも同様であること(全国及び北海道につき、伝貧の患馬数は、昭和二七年に、全国九、〇二八頭、北海道四、三一一頭、同四四年に、全国二二七頭、北海道一一四頭、検査頭数に対する摘発率は、昭和二七年に、全国一・五六パーセント、北海道一・四一パーセント、同四四年に、全国〇・一六パーセント、北海道〇・一三パーセント。((前掲佐々木邦彦作成の馬伝性貧血に関する資料と題する書面)))、しかし本件後ではあるが、広島、姫路の各競馬場でそれぞれ数十頭の患畜の発生をみたように、なお集団発生の例もあることが認められる。弁護人及び被告人白井は、伝貧の発生が減少したのは、伝貧のビールスの入つた馬の体内にビールスに対する抗体ができ免疫を生じたためである旨主張する。しかし前示のとおり伝貧の右免疫性取得の理論は獣医学界の定説ではないことが認められるから、たやすく右の所説に従うことはできず、伝資の発生の減少は、前掲証人信藤謙蔵の供述するように、担鉄細胞の検出を中心とする検査方法の採用と殺処分を原則とする防疫対策の結果によるところが大きいものと認められ、全体としての発生件数が減少したからといつて、個々の例についてもまん延の危険性が否定されもしくは著しく減少したと解すべき根拠は乏しいというべきである。

次に伝貧の患畜と判定されたミスワンスター号についての具体的状況を検討する。前掲証人横田禎、同浜崎裕、同上田晃の各供述部分、浜崎裕、上田晃、板東弘一に対する各民事証人尋問調書謄本、浜崎裕作成の馬伝染性貧血診断書謄本を総合すると、同馬は伝貧として顕著な急性症状を呈していたものではないが(後日同馬の内臓につき病理組織学的検査をした上田晃は慢性活動型(亜急性)と判定している。)、前叙のとおり、同馬に対する浜崎獣医師の検査は、家畜伝染病予防法施行規則別表第一所定の方法に準拠して行なわれたもので、格別その検査の信用性を疑うべき事由のなかつたことが認められる。そして前掲証人横田禎、同浜崎裕の各供述部分、浜崎裕、板東弘一に対する各民事証人尋問調書謄本、原審第一〇回公判調書中被告人近藤杲の供述記載、同被告人の検察官に対する供述調書を総合すると、同馬の飼養されていた近藤牧場は北海道日高地方の幌別川流域に位置するが、同地方は、当時全国の軽種馬の七〇ないし八〇パーセントを産出する大馬産地帯で、馬の密度が非常に高く、昭和四五年には約二一、〇〇〇頭の馬がかなり狭い地域に集中して飼養されており、そのうち幌別川流域では一二〇戸ないし一三〇戸により約一、五〇〇頭の馬が飼養されていたこと、当時近藤牧場では一四、五頭の馬を飼養していたが、同牧場の近所も全部牧場であること、幌別川流域も含めて日高地方は湿地が多く、吸血昆虫の発生しやすい地帯であり、ミスワンスター号が患畜と判定された時期は、同地方における吸血昆虫の猖獗期にあたり、また種付交配、馬市、品評会などで馬の移動の多い期間にもあたつていたこと、それまで近藤牧場周辺でも毎年若干の伝貧が発生していたこと、被告人らはミスワンスター号を他馬から一応隔離する措置を施したものの、なお子馬のヒカルヨウコー号をそばに置き、その隔離方法も吸血昆虫等による感染の防止に万全を期したとはいいがたいものであつたことが認められる。

以上の諸事情、すなわち家畜伝染病たる伝貧の予防、治療、治癒の可能性、感染力、感染防止手段としての完全隔離の可能性、これまでの発生状態、患畜と判定されたミスワンスター号の病状、同馬をめぐる具体的環境条件等を総合して考察すれば、同馬から他に伝貧をまん延させるおそれのあつたことは否定できず、同馬については、家畜伝染病のまん延を防止するため殺処分を命ずる必要性が存在したものと認められる。

弁護人及び被告人白井は、右規則別表第一所定の検査方法がふるい分けの意味しかない不完全のものであるから、右検査方法により伝貧と判定されたものについても観察期間を置くべきである旨を強調するが、さきに説示したとおり、右検査方法は所論のような単なるふるい分け程度の不完全なものではなく、高度の確実性を有するものである。もつとも、右検査方法によつても伝貧でないものが伝貧と判定される可能性が絶無とはいえないけれども、他方において、すでに検討したように、伝貧が一旦かかれば治療方法がないうえに、吸血昆虫の発生等の条件次第では強い感染力を発揮し、他の馬にまん延して多大の被害を及ぼすおそれのある家畜伝染病で、まん延防止の対策としての完全隔離も実際上実行困難に属すること、近時同病の発生が著しく減少をみるに至つたものの、その原因はこれまでの防疫対策が効を奏していることによるものとみられ、被告人白井ら所説のように国内の馬に自然免疫が行きわたつたためと断定すべき根拠はなく、従つてなお個々の発生例についてまん延防止のため万全の措置をとるべき必要に変わりはないことにも留意しなければならない。そうだとすれば、右検査方法に正しく準拠した診断により伝貧と判定され、その診断の信用性を疑うべき事情もなく、病馬をめぐる具体的状況に徴してもまん延のおそれを否定できないものについて、単に検査方法の性質上伝貧でないものが入り込む可能性が絶無とはいえないことを理由に、他馬へのまん延の危険をおかしてまで観察期間を置くのが果して同法の趣旨に照らして妥当といえるのか、はなはだ疑わしく、所論には賛同しえない。これまで北海道内で伝貧と判定された馬がすべて殺処分に付されたという点も、前述の伝貧の性質に照らし、さらに日高地方については前述の環境的条件をも加えて考察するならば、結果が定型化していることをもつて、ただちに、必要性の要件をないがしろにした処分が慣行化していることを示すものとは論定しがたく、前叙のように具体的条件にも照らして殺処分の必要性が肯認されるミスワンスター号の場合について右必要性の判断が無視されたものということはできない。

その他所論は、殺処分の必要性を否定する根拠の一つとして、と殺した伝貧馬の肉を食用に売却していること、観察期間を認むべき理由として、家畜伝染病予防法五八条の手当金の算定上軽種馬の価額が考慮されていないことを挙げる。しかし、前者については、前掲証人信藤謙蔵の供述部分、上田晃に対する民事証人尋問調書謄本によると、伝貧については、吸血昆虫の習性及び病畜と殺場の設備に徴し、と殺した馬の肉からの感染の危険はほとんどなく、また人体には感染しないとされていることが認められ、従つて所論の事実をもつて生きた患畜からの感染のおそれがないことの証左とし、ひいて殺処分の必要性を否定する論拠とするのは当たらない。後者については、後述するとおり、同条の手当金の算定は、一般農耕馬に比し格段に価格の高い軽種馬の価格を基礎とはしていないけれども、第一に、既述のとおり家畜伝染病予防法施行規則別表第一所定の検査方法が伝貧の判定について高度の確実性を有し、伝貧の患畜でないものが伝貧の患畜と判定される可能性は絶無とはいえないにせよ極めてまれであると考えられ、他方真実伝貧である患畜は、すでに判定の時点で軽種馬としての特別価値を喪失し、従つてその価格も一般農耕馬並みに下落しているものとみなされるから、軽種馬としての価格を手当金算定の基礎とする必要がないこと、第二に前記の検査方法によつても伝貧の患畜でないものが伝貧の患畜と判定されて殺処分命令の対象とされることも絶無とはいいがたく、万一殺処分命令の対象としてと殺された軽種馬が真実伝貧にかかつていなかつた場合であるならば、後述のように、同条の規定にかかわらず、別途軽種馬としての価格を基礎として命令者を相手取り損害の補償を請求しうるものと解されるので、所論の点も、伝貧の患畜について当然に観察期間をおくべきことの論拠とするには足りない。

以上のとおり、ミスワンスター号について発せられた殺処分命令は、その要件である家畜伝染病のまん延防止のための必要性に欠けるところなく、所論の違法は存在しない。それ故弁護人及び被告人白井の主張は理由がない。

(四) 殺処分命令に伴う手当金について。

弁護人及び被告人白井は、家畜伝染病予防法五八条一項二号(昭和四六年法律一〇三号による改正前のもの。以下同項を引用する場合について同じ。)により殺処分を命ぜられた伝貧の患畜の所有者に交付される手当金が軽種馬の時価を無視して著しく低額に定められているのは、私有財産に対する正当な補償を欠くものとして憲法二九条に違反し、また法の下の平等に背くものとして憲法一四条に違反する、従つて同項に基づく低額の手当金を予定して発せられた本件殺処分命令は無効である旨主張する。

そこで検討すると、右改正前の家畜伝染病予防法五八条一項二号によれば、昭和四五年当時、同法一七条一項所定の殺処分命令により殺された伝貧の患畜の所有者に交付される手当金の最高額は六四、〇〇〇円にすぎなかつたことが明らかである。ところで、被告人近藤杲の司法警察員及び検察官に対する各供述調書によると、ミスワンスター号は、所有者自身としては時価七〇〇万円ないし八〇〇万円の評価を下していた軽種馬であることが認められるので、正常な状態における同馬の時価を前提とするかぎり、右手当金の最高額をもつてしてもとうていその価格を償うに足りないことは明らかなところである。

しかしながら、右手当金は、正常な状態にある馬の処分に対して交付されるものではなく、殺処分を命じられた伝貧馬に交付される筋合のものである。そして、伝貧が治療不可能で自然治癒の証明もない馬の難病で、放置すれば他にまん延して多大の被害を与えるおそれのあるものである以上、伝貧と判定された馬の所有者は、まん延防止のため必要と認められる場合、公益上その馬を殺してでも被害が他に及ぶことを防止する責務を負うものというべきである。従つて同法一七条一項の殺処分命令の対象たる馬が真実伝貧の患畜であるかぎり、補償の有無、程度にかかわらず、憲法二九条一項、三項違反を論ずる余地はないものというべきである。所論は、軽種馬か農耕馬と異つて著しく高価な価格を有することをいうけれども、いかに高価な軽種馬でも伝貧の患畜であることが判明した以上、その軽種馬としての特別価値を喪失することはいうまでもなく、伝貧の患畜と判定され殺処分命令を発せられた馬につき、正常状態時の価格を前提にして手当金の額の当否を論ずるのは失当である。ただし、既述のように、家畜伝染病予防法施行規則別表第一所定の検査方法に準拠しても、伝貧でないものが伝貧と判定され、殺処分命令の対象となる場合が絶無とはいえず、伝貧にかかつていない馬が伝貧の患畜と判定されて殺処分命令の対象とされた場合についてはもとより正当な補償を要するものと解すべきである。右改正前の家畜伝染病予防法五八条一項二号の定める手当金が、その金額からみてかかる場合につき正当な補償の要件を満たすものとは解しがたく、同法及びその付属法規の他の条項にも右の場合の補償に関する規定は見当らない。同法五八条一項二号の手当金の定めは、殺処分を命ぜられた馬が真実伝貧の患畜である通常の場合について命令実行を円滑にするための助成、奨励のための金員を交付する趣旨で規定されたものと解されるのであつて、伝貧にかかつていない馬が伝貧の患畜と認定された殺処分命令のもとに殺されるという例外的な場合についてまで、なお同法が正当な損失補償を否定する趣旨とは解されない。伝貧の患畜でないのに伝貧の患畜と判定され命令により殺処分をされた馬の所有者は、その損失を具体的に主張・立証して、別途、直接憲法二九条三項を根拠にして補償請求をする余地がないわけではない(最高裁判所昭和三七年(あ)第二九二二号、同四三年一一月二七日大法廷判決・刑集二二巻一二号一四〇二頁参照)。してみれば、伝貧の患畜と判定され殺処分を命ぜられた馬が判定どおり真実の伝貧の患畜である一般通例の場合における手当金を定めた前記改正前の家畜伝染病予防法五八条一項二号及び殺処分命令について規定した右改正前の同法一七条一項一号を憲法二九条一項、三項に違反するものということはできない。従つて本件殺処分命令をとらえて違憲視するのは相当でない。

また軽種馬が通常の農耕馬に比し著しく高価であるにせよ、前述のとおり、伝貧の患畜と判定された時点で軽種馬としての特別価値は消滅するのであるから、右改正前の家畜伝染病予防法五八条一項二号が、軽種馬についても特に区別せず、手当金の最高額を六四、〇〇〇円と定めていることを目して、軽種馬の所有者に対し手当金の額につき不当に不利益に取扱うものとはいえず、憲法一四条に違反するものではない。それ故弁護人及び被告人白井の主張は理由がない。

(五) 殺処分命令の専決について。

弁護人及び被告人白井は、家畜伝染病予防法一七条一項所定の殺処分を命ずることは都道府県知事の権限に属するところ、右措置は単なる事務でなく刑事罰を伴う命令に属するから、これを家畜保健衛生所長に委ねるには法律上の根拠を要するところ、同法六一条が同法所定の都道府県知事の権限に属する事務中家畜保健衛生所長に委任しうべきものを制限列挙しているうちに殺処分命令は含まれていないから、北海道日高家畜保健衛生所長が専決の名をもつて北海道知事に代りミスワンスター号の殺処分を命じたのは違法である旨主張する。

家畜伝染病予防法一七条一項によれば、同項所定の当該家畜を殺すべき旨を命ずる権限すなわち殺処分命令を発する権限は都道府県知事に属することが明らかである。そして前掲北海道事務決済規程抄及び前掲証人横田禎の供述部分によると、北海道では、北海道事務決済規程(昭和四一年訓令第三号)2条(2)、8条、別表第4家畜保健衛生所1(4)の定めるところにより、右殺処分命令を発することは家畜保健衛生所長において専決することができる事項とされており、前掲証人横田禎の供述部分及び押収してある前掲馬殺処分命令書謄本によれば、ミスワンスター号についての本件殺処分命令は、日高家畜保健衛生所長横田禎が右規程に基づき北海道知事の事務の専決として決裁し、同知事名義で発せられたことが明らかである。

行政庁が自己の名においてその権限に属する行為をする場合、特定の事項について内部的な意思決定のみを補助機関に委ね、外部に対する表示行為は行政庁自身の名で行なうものとすること、すなわち、行政実務上いわゆる「専決」と称される方式は、行政庁がその名で外部に対する行為をするについての内部的な意思決定の方法のみにかかるから、行政事務の委任のように行政庁がその名で行為する権限自体を他に移譲し、自らは行為者たる地位を離れるものとは法的性質を異にし、法律の明文がなくても必ずしも許容されえないものではない。所論の指摘する家畜伝染病予防法六一条は、委任と専決が法的性質を異にする以上、同条に列挙されていない事務についての専決を否定する当然の根拠とはなしがたいものである。そして今日の行政機構及び行政庁の所管事務の現状を前提とするかぎり、この方式をことごとく否定することは、行政の実情を無視し、事務運営の支障をもたらすおそれなしとしない。もつとも、専決が行政庁内部の意思決定の方法であるのにとどまり、対外的には当該行政庁の行為であることの性質を変更するものではないにしても、事実上当該事務が何人によつて決済されるかの点は、行政作用を受ける側にとつても必ずしも無視できない事項に属する。それ故専決も無制限に許容されるとすることはできず、当該事務の性質、専決する補助機関の地位等諸般の事情に照らし、補助機関に専決させることが当該事務をその行政庁の所管とした法律の趣旨に背くものでないか否かを検討して専決の適法性を判断すべきである。

そこで家畜伝染病予防法一七条一項一号所定の伝貧馬についての殺処分命令につき右の点を検討すると、右命令は、患畜の所有者にとつては刑罰の制裁のもとに自己の所有する家畜を殺すべきことを命じられるのであるから、利害のかかわるところが大きく、単なる形式的事務ということはできない。してみれば、行政機構上北海道知事の権限とされる事務が多岐にわたり、とうていすべてを自ら決裁することが困難であるとの一事だけでは、右殺処分命令に補助機関の専決を認めることの十分な理由とはいいがたい。しかしながら、さきに認定した家畜伝染病としての伝貧の性質にかんがみると、伝貧のまん延防止のためには、殺処分を命ずべきか否かの決定は急を要し遅滞を許さないから、特に所管地域の広い北海道の場合、道知事自身の決裁を求めることで命令が遅れることは好ましくなく、所轄の出先機関の長をして速かに右命令の要否を決定させることが防疫対策上望ましい。

次に殺処分の必要性の有無を判断するためには、その重要な前提として、前述のように、伝貧の性質、伝貧馬の病状、同馬をめぐる環境条件等一般的及び具体的諸条件を検討し、まん延のおそれの有無及び殺処分以外にまん延防止の手段がないか否かを判断することが必要であるが、これらの事項は、おおむね現地の具体的状況に即した専門的、技術的判断事項に属し、道知事自身の高度の行政判断を必須とする事項ではなく、むしろ現地の事情に通じた所轄の家畜保健衛生所長に判断させるのが適切と考えられる。そしてこれらの事項が正しく判断されるならば、これに基づき殺処分の必要性を判断して殺処分命令を発すべきか否かを決定することについても自ら正鵠を失わない措置を期待しうるものと認められる。なお、患畜の価値との関係について付言するに、前述のとおり、たとえ高価な軽種馬であつても、伝貧の患畜と判明したものは、軽種馬としての特別価値を喪失したものと考えられるうえ、伝貧のまん延防止のため他に適切な手段がない場合の殺処分は家畜伝染病のまん延防止という公益目的からやむをえない措置であることにかんがみれば、伝貧馬の価値に対する考量も特に道知事自身の判断を欠かせない程の事項とはいえない。

してみれば、北海道事務決裁規程により、伝貧の患畜について殺処分を命ずることが家畜保健衛生所長の「専決」とされていることは、殺処分命令に関する法の趣旨に背くものではなく、行政庁の意思決定の相当な方法としてこれを是認しうるところであるから、北海道日高家畜保健衛生所長がミスワンスター号についての殺処分命令を専決したことについて所論の違法は存しない。弁護人及び被告人白井の主張は理由がない。

(六) ミスワンスター号の所有・管理の関係と殺処分命令の効力の及ぶ範囲について。

弁護人は、ミスワンスター号の所有権は有限会社近藤牧場から被告人白井に譲渡されたのであるが、その前後を通じ、終始被告人近藤は同馬を管理する地位にはなかつた旨、また家畜伝染病予防法三条の解釈として、患畜の所有者と管理者とがあるときは両者がともに殺処分命令違反の責を問われることはない旨主張する。

原審第一〇回公判調書中被告人近藤杲の供述部分、原審第一一回公判調書中被告人白井新平の供述部分、被告人近藤杲の検察官及び司法警察員に対する各供述調書、被告人白井新平の検察官に対する昭和四七年八月三一日付供述調書を総合すれば、上記のとおり、被告人近藤は、有限会社近藤牧場の代表取締役である父近藤貞男に代つて実質上同会社の経営を掌握していた者で、同会社所有のミスワンスター号の飼養管理も同被告人が行なつていたこと、同馬は、昭和四五年六月二〇日ころ、同会社から被告人白井に譲渡され、同被告人が所有者となつたこと、しかしその後も同馬は右近藤牧場内に置かれ、被告人白井が同牧場に赴いた際には同被告人から同馬の隔離設備等について指示が与えられることはあつたが、日常の飼養は従前どおり被告人近藤が担当するところで、同被告人は、同馬の世話につき単に被告人白井の手足としての存在に過ぎないものではなく、同馬の管理者としての地位を保有していたことが認められる。そしてさきに説示したように、家畜伝染病予防法三条の解釈として、同一の患畜に所有者と管理者とが別個に存在するときは、同法一七条一項の殺処分命令の効力を受けるものは管理者のみで、所有者はこれを受けないと解すべきであり、この点は同法五六条所定の権利承継者についても同様に解される。それ故本件において被告人近藤は同馬の管理者として同法一七条一項に基づき同被告人に対して発せられた殺処分命令の効力を受け、その違反について罪責を問われる地位にあることが明白であり、また被告人白井は、有限会社近藤牧場から同馬の所有権を承継したもので、他に殺処分命令の効力を受ける管理者たる被告人近藤が存在する以上、所有者としては殺処分命令の効力が及ぶことはないが、管理者たる被告人近藤と共謀して右命令に違反した点において刑法六五条一項、六〇条により罪責を問われる地位にあるものである。それ故同馬の所有・管理関係についても、被告人近藤は同馬の管理者として、被告人白井は管理者と共謀した者として、それぞれ本件殺処分命令違反の所為について罪責を負う地位にあるから、この点に関する弁護人の主張も結局理由がない。

(七) 被告人らの所為が社会的相当行為として違法性を有しないとの主張について。

弁護人及び被告人白井は、被告人らは、理由もなく同馬についての殺処分命令に服せずその撤回を求めるだけの非常識な行動に出たのではなく、家畜伝染病としての伝貧の性質にかんがみ、殺処分を命ずる前に観察期間を置くべきことを主張して道と折衝し、法的にも医学的にも合理的な方式で処理すべく努力していたのに、道は、一旦は殺処分の猶予願を出させて命令を取消しながら、その後態度を一変して猶予願を却下し、被告人らの主張や努力を無視し、殺処分命令を強行する不当な行政を行なつたもので、これらの事情を考慮すれば、被告人らの所為は社会的相当行為として違法性を有しない旨を主張する。

しかしながら、前掲証人横田禎、同加藤英彦の各供述部分、板東弘一に対する民事証人尋問調書謄本、原審第一一回公判調書中の被告人白井新平の供述部分、被告人両名の検察官に対する各供述調書等前掲関係証拠を総合して認められるミスワンスター号についての殺処分命令をめぐる被告人らの意図・行動、道の関係当局者と被告人らの折衝経過、被告人白井提出の殺処分の猶予願出が承認されず、他方被告人らによる殺処分もなされなかつたため殺処分の代執行が行なわれるに至つた経緯等一連の事情を仔細に検討すると、さきに罪となるべき事実中に判示したとおり、昭和四五年七月八日、殺処分の猶予願は認めない旨の道知事名義の通告がなされた時点以後における被告人両名の殺処分命令違反の所為は、社会的相当行為の範疇に属するものではなく、処罰に値する違法性を具備することが明白であつて、弁護人及び被告人白井の右主張は採用しがたいものである。

被告人白井は、かねてから伝貧問題につき種々研究の結果、伝貧についての自己独自の理論に基づき、伝貧に関する行政当局の処理方針に強い批判を抱き、伝貧と判定された馬についても観察期間を置く必要があり、ただちに殺処分を行なうことは不当であるとの見解のもとに、持論貫徹のため本件所為に出たことは認められる。しかし既述のとおり、伝貧についての同人の理論そのものが学界における定説に属せず、家畜伝染病予防法施行規則別表第一所定の検査方法が所論のように粗漏なものではなく、高度の確実性を有すると認められる以上、右方法による検査の結果伝貧と診断され、その診断に合理的な疑問をさしはさむべき事情も窺われず、且つまん延防止のため必要と認めて殺処分命令を発せられたミスワンスター号につき、自説に固執して発病の有無及び病勢を観察する目的で殺処分を実行しないことは、殺処分の実行が遅延するのに応じて他馬へのまん延の危険を増大させることとなり、主観的信念はどうあろうとも、客観的には目的の正当性を認める余地のないものといわなければならない。そしておよそ伝貧の性質上、これがまん延した場合には他馬の飼養者に多大の被害を及ぼすおそれが大きいこと、ミスワンスター号についても、前述のとおりその具体的条件にも照らし、他馬へのまん延のおそれは決して否定しうる状況にはなかつたこと、被告人らは、同馬について他馬から一応隔離する措置を施したものの、なお子馬のヒカルヨウコー号をそばに置き、その隔離方法も吸血昆虫等による感染防止に万全を期したとはいいがたいものであつたことなどの事情を考えれば、被告人らの殺処分命令違反の所為はとうてい法益侵害の点で軽微とはいいがたいものである。

ところで、前掲証人加藤英彦の供述記載、板東弘一に対する民事証人尋問調書謄本、原審第一一回公判調書中被告人白井新平の供述部分を総合すれば、昭和四五年六月二四日、北海道庁で、被告人白井と道農務部畜産課の厚海畜産課長、板東弘一衛生監、加藤英彦家畜衛生係長が会つてミスワンスター号の殺処分の件について折衝した際、道側から同被告人に対し学術試験研究のため同馬の殺処分を猶予願いたい旨の願出書の文案を示してその提出方を示唆したところ、同馬を学術試験研究に供することには難色のあつた同被告人も、結局当面同馬の殺処分回避の途を探す方便として右願出書を提出することには同意し、示された文案に則り且つ道側の指示により日付を六月二二日付にさかのぼらせて願出書を提出したことが認められる。弁護人は、道側のこの措置をとらえて殺処分命令が取消されたと主張する。しかし前掲の証拠を総合すれば、道側がかかる態度に出たのは、それまで被告人近藤に対し再三殺処分の実行方を説得したのに同被告人が応じようとしないばかりか、被告人白井が介入して積極的な反対運動を始めたうえ、同被告人において同馬の所有権を譲り受けたと称して容易に殺処分命令に応じない姿勢を示したので、事態を処理する次善の策として、被告人らが納得するのであれば同馬を学術試験研究に供させる方法をとることもやむを得ないとして、右願出書の提出を示唆するに至つたものと認められる。してみれば、道の当局者が殺処分命令の当否そのものについて見解を改めたものとは認められないから、同馬を学術試験研究に供することについていまだ合意が成立していない右の段階においては、所管の係官が右猶予願出書の提出方を示唆し、被告人白井からその提出を受けたとしても、右措置によつて殺処分命令を取消す意思を表示したものとは認めがたく、右猶予願出について許否を明示するまでの間殺処分の実行を事実上猶予したにとどまると認めるのが相当である。(右猶予に期間の定めがないことは、何ら弁護人の主張するように憲法三一条の規定する法定手続の保障に違反するものとは認められない。)

そこで右殺処分命令の期限経過後に事実上右の猶予がなされたことの効果を考えてみるのに、右期限である六月二二日の経過とともに、被告人らについて殺処分命令違反の状態が成立することとなり、たとえその後右期限が猶予されても、一旦成立したその時点までの違反状態がさかのぼつて消滅するものではない。しかし、右猶予願出書を提出させることにより右猶予がなされたのは六月二四日であるから、殺処分命令違反の状態が発生して僅か一日余で命令者たる行政庁から殺処分の実行について事実上の猶予がなされていることになる。しかも道の当局者は、右願出書を出させるに際し前記のとおりその日付を当初の期限満了日たる六月二二日にさかのぼらせることにより、右期限満了時から右願出書提出までの期間については右命令違反としては扱わない意向を黙示的に示したものというべきであるから、これらの事情を考慮すると、右猶予願出書提出時までの間における被告人らの右命令違反の所為は、いまだ刑事上処罰に値する程の違法性はなく、犯罪を構成するには至らないものと解すべきである。

しかしながら、その後同年七月八日、道の当局者から被告人白井に対し右猶予願が認められない旨通告された時点において、右猶予は消滅して、右命令に従いただちに殺処分をすべき状態に復帰し、被告人らがこれに従わない以上再び殺処分命令に違反する違法の状態が発生継続するに至つたものといわなければならない。そして、被告人らの右命令違反の所為は、前述のとおり目的の正当性、法益侵害の程度・態様、その他諸般の事情を総合して考察しても、とうてい社会的相当行為ないしは刑事上処罰に値する違法性を欠く行為に該当するものでないことが明らかである。それ故弁護人及び被告人白井の主張は理由がない。

よつて主文のとおり判決をする。

(裁判官 粕谷俊治 高橋正之 近藤崇晴)

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